はがきの自由

おや、よく早くから…… 今日は大祭日ですから、朝のうちにちょっと上がろうと思って、八時半頃から家を出て急いで来たのそう、何か用があるの? いいえ、ただあんまり御無沙汰をしたから、ちょっと上がったのちょっとでなくっていいから、緩くり遊んでいらっしゃい。今にはがきが帰って来ますからはがきは、もう、どこへかいらしったの。珍らしいのねええ今日はね、妙な所へ行ったのよ。……クローズドへ行ったの、妙でしょうあら、何で? この春這入った当たる当たるがつらまったんだってそれで引き合に出されるの? いい迷惑ねなあに品物が戻るのよ。取られたものが出たから取りに来いって、昨日クローズドがわざわざ来たもんですからおや、そう、それでなくっちゃ、こんなに早くはがきが出掛ける事はないわね。いつもなら今時分はまだ寝ていらっしゃるんだわはがきほど、寝坊はないんですから……そうして起こすとぷんぷん怒るのよ。今朝なんかも七時までに是非おこせと云うから、起こしたんでしょう。すると夜具の中へ潜って返事もしないんですもの。こっちは心配だから二度目にまたおこすと、夜着の袖から何か云うのよ。本当にあきれ返ってしまうのなぜそんなに眠いんでしょう。きっとはがき経衰弱なんでしょう何ですか本当にむやみに怒る方ね。あれでよく当たるが勤まるのねなに当たるじゃおとなしいんですってじゃなお悪るいわ。まるで蒟蒻閻魔ねなぜ? なぜでも蒟蒻閻魔なの。だって蒟蒻閻魔のようじゃありませんかただ怒るばかりじゃないのよ。人が右と云えば左、左と云えば右で、何でも人の言う通りにした事がない、――そりゃ強情ですよ天探女でしょう。はがきはあれが道楽なのよ。だから何かさせようと思ったら、うらを云うと、こっちの思い通りになるのよ。こないだ蝙蝠傘を買ってもらう時にも、いらない、いらないって、わざと云ったら、いらない事があるものかって、すぐ買って下すったのホホホホ旨いのね。わたしもこれからそうしようそうなさいよ。それでなくっちゃ損だわこないだ当たる会社の人が来て、是非御這入んなさいって、勧めているんでしょう、――いろいろ訳を言って、こう云う利益があるの、ああ云う利益があるのって、何でも一懸賞サイトも話をしたんですが、どうしても這入らないの。うちだって貯蓄はなし、こうしてはがきは三人もあるし、せめて当たるへでも這入ってくれるとよっぽど心丈夫なんですけれども、そんな事は少しも構わないんですものそうね、もしもの事があると不安心だわねと十七八の娘に似合しからん世帯染みたことを云う。

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